INTP型のブログ

苦味があるな?

欲求が悪か、供給が悪か

最近連ちゃんパパとかいう、読むストロングゼロとか巷で言われてる本を読んだんですけど、あれを読んでみてタイトル通りのことが頭をよぎったんですよね。

 

マンガ図書館Zってとこで無料で読めます。読まなくてもいいです、というか読まないほうがいいです。

 

https://www.mangaz.com/

 

この本は割と『パチンコに人生を狂わせられている人々』が描写されているんですが、ここで思うのが

 

  • パチンコに行きたがる人が悪いのか
  • パチンコ店を運営しているやつが悪いのか

 

っていう。

 

これはいろんな視点で考えることができます。

 

自己責任論派

 

手前の選択は手間の責任だろ!

 

という理念の元、パチンコに触ったのも当人の選択意思だし、パチンコにのめり込んだのも当人によるところだよね? っていう理論っすね。

 

これに対する反論はおそらく次に紹介するドラッグ系の売人が捕まっている理論でしょうね。

 

ドラッグは犯罪派

 

ドラッグは使うのも犯罪ですし、売るのも犯罪です。

 

ただし一般的に密輸を始め、ドラッグの供給に携わった人のほうが使ったものよりも重罪に扱われるため、転じて「需要があるからと言って供給することが悪」と考えられます。

 

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こういう供給・需要どっちが悪いか論争は形を変えて色んな場所で見られるわけですが、ぶっちゃけ物によってどちらが悪いかは変化してたりするんで一概には言えないってのが結論にはなっちゃいますよね。

 

逆に言うと一概には言えないということは、こういった論争は決着をつけることが極めて難しい議題であるということでもあります。

 

決着をつけることが難しいということは意見を戦わせた場合、致命的な歪を人間関係にもたらす可能性が高い内容とも言えるので(どちらも自分の正当性を訴えやすいから)あんまし触んないほうが良い話題でしょうね。

 

とはいえ社会的立ち位置も大きく関わっては来るので、例えばタバコなんかは自己責任論が主流でしょうし(だからこそ肩身が狭い)、あれが供給側に立つ場合は需要側にそれが悪になるケースが多いです。

 

何が言いたいかって言うと決着をつけにくい議題 = 正しさが一定性を持たない議題は、世の中の雰囲気で用意に結論が変わってしまう話だってことですね。

 

例えば魔女狩りは当時の疫病の原因がわからなかったので怪しいやつをとっちめて安心感を買った結果、つまり『正解がわからなかったので世の中の雰囲気で結論をつけた』ってだけです。

 

正しさが一定にならない話題に熱くなると相手を納得させるためにより過激に、より先鋭的になって、最終的に魔女狩りの後をたどってくんすよね。ですから『欲求が悪か、供給が悪か』みたいな話には触るべからずでしょうよ。

 

……もしくは本気で戦う気なら同士をとにかく集めて多数派で叩き潰すか、もしくは発言力の総量で上回るかを目指すのが民主主義としては正道でしょうね。