INTP型のブログ

苦味があるな?

自己開示と好感度

基本的に人間が特定の人物に好感を抱く場合、そこにあるのは

 

  1. どういう考え方をしているか
  2. どんな五感情報を渡してくるか

 

の2つだけです。

 

1.どんな考え方

 

配信者Aさんが「LGBT当事者です」と告白した場合、受け手側の反応は以下の3通りに分類できます。

 

  1. 共感する人
  2. 受け入れる人
  3. 拒絶する人

 

まず1の共感する人は最も好感度が上がります。単純に考え方を共有できる人にほど好感を抱く性質があるためです。人間の共有欲は強く、なんなら誕生日が同じとか同い年とか、それだけで好感度が上がっちゃうレベルですから。

 

2の受け入れる人は共感する人よりは低い上昇幅ですが上がります。基本的に考えたの公開は受け入れられると好感度が上昇するんですが、見た目からわかることなどわざわざ言わなくても受け手側がすでに把握している事柄の場合「もう知ってる」と、むしろ好感度が下がる傾向にあるようです。めんどいのでソースは出さんです。

 

3の拒絶する人は離れていくし、場合によってはアンチ化します。ただこれは1と2の割合に比べると非常に少ない傾向にあります。

 

注意点として考え方の公開はの上げ下げの幅は、どれだけ言いづらい話題かが影響します。例えば「天気は晴れのほうが好き!」といった自己開示は大した影響をもたらしません。

 

2.どんな五感情報

 

基本的には視覚と聴覚です。ほか、嗅覚と触覚はオフラインで会う場合は影響します。(触覚は握手するや文化圏によってはハグで影響が出る)味覚は肉体関係にあるか、相手が嘘を見抜くために汗を舐めてくるタイプの人でもない限りは関係ないと思います。

 

知っている五感情報の多さは = 距離感と言えます。

 

そのため多くの著名人は顔出し + 声出しをしてますし、発声練習やメイク、正装などでより優れた五感体験を提供するように心がけています。

 

考え方の公開と同じく、声や顔の公開によって受け手側は3パターンの反応をします。

 

  1. 理想的と感じる
  2. 受け入れられる
  3. 嫌悪感を感じる

 

この辺はわざわざ言語化しなくても良さそうなのでやりません。ただ単純接触効果といって、要はあれは『何度も触れる声と見た目は加点される』みたいな話なんで、優れた声や見た目をしていなくてもめげずに何度もやってればイケボだのなんだの言われるようになるっぽいです。(配信者の方が続けていくうちにイケボやイケメンと言われるようになった、なにも変わってないのに。という体験談を語っていたりする)

 

3.好感は一方通行

 

自己開示をしたことによって発生する好感は基本的には一方通行です。特に五感情報の開示による好感は。

 

一応考え方の公開は認知的不協和というものがあるため、言いづらいことをいうほど伝えた側に愛着が発生したりします。(認知的不協和:言いづらいことは仲の良い人にしか言いたくない→逆に言えば言いづらいことを言えばその人との仲が良くなってしまうというもの→つまり言いづらいことをいうと相手に好感を抱く)

 

ただ認知的不協和は五感情報には影響がありません。(とんでもなく見た目や声にコンプレックスがあって、人前では決してマスクを外さないし、声を出さないとかでもなければ)

 

そんため自分をさらけ出していないのに好感を抱いてくるファンへの好感は、自分をさらけ出しているタイプの人に比べると低い傾向にあるかもしれません。(昔ゲーム部でみりあの声をやってた人はこのパターンな気がする)

 

4.自己開示と嫌われ

 

自己開示は多くの人にとっては恐怖の対象です。

 

というのも大抵の人は好かれる以上に嫌われるリスクのほうが怖いためです。よくポジティブな感情よりネガティブな感情のほうが7倍強いとか言われるんですが、そのとおり人は高評価より低評価に過敏に反応します。

 

Youtubeの悩み相談で多いのが、高評価4ぐらいのところに、低評価が1ついてめちゃくちゃ辛いです。みたいなやつらしいんですが、冷静に考えると5人中4人に好かれてるって凄い状況のはずなんですよ。でも5人中1人の嫌いという感情に強く反応してしまう。

 

だからこそ『自己開示をすることによって嫌われるかもしれない』という感覚が、自分のことをさらけ出す抵抗になっているんですが、ここを乗り越えられないと人から好かれるというのはとても難しいです。

 

とはいえ、普通の人間の営みというのは数百時間活動をともにして(気が合うかもな)と思い、そこから安心感を得つつ、ちょっとの勇気を振り絞って自己開示をし、そこで受け入れられて仲の良さが深まっていく。という流れを踏むので、特にネット上の不特定多数に見られている場所で、自分をさらけ出すというのをやりたくないのは自然ではあるんですけどね。

 

結論を言えば、どんな段階であれ自発的に勇気を出さなければいけなくはあるので、誰かから好かれたいという思いがあるなら、嫌だけど自己開示しなくてはいけないってフェイズがあるとは思います。

 

5.自己開示の内容

 

例えば自分の声は間違いなくキモいし嫌われると思う。とか、自分の考えはかなり荒んでいるので嫌われることしか無い。とか。

 

そういう場合どうするのかといえば、五感情報の場合は発声練習しろということになるし、考えで嫌われるという場合は「でも自分のアイデンティティは早々変わらないんだから、演技しながら生きたくないのなら選別は避けては通れないよね」という話になります。

 

五感情報、特に声による好感って声の質というより音量の不安定さが一番あかんところなので、そこをなんとかすれば嫌われのほうが多くなるってことはあんましないです。長くやってけば単純接触効果も期待できるし。

 

考え方の開示は、楽しく生きたいならとっとと出して、共感できる人を絞ったほうが結局は楽しく生きていけます。

 

ただビジネスとしてやっていくんだ、という場合は演技してしまうのもありだとは思います。言ってしまえば、アイドルはだいたいそんな感じなわけですし。

 

どうしても大衆に受け入れられる考え方とそうじゃない考え方っていうのはありますからね。例えばにじさんじの剣持ってひとはロリコンであることを開示してるんですが、無理な人は絶対ムリなものじゃないですか。でも一定数のファンを持っているわけで、研鑽し尽くした自己ではなく、等身大の自分で勝負しても案外大丈夫なんじゃないかと思います。

 

俺も初期の記事とか自分丸出しみたいな文章ばっか書いてたけど、その頃のが仲良くしようとしてくれる人多かったような気がしますし。

 

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好かれるという価値を得たいのであれば、嫌われるという代償を払わなければいけない。嫌われるという代償を払わないのなら、好かれるという価値も得られない。

 

世の中いいことばっかは難しいってことなんすなぁ。

 

蛇足

 

この話を加味すると個人名のブランディングをするなら、声出し以上はマストな気がする。顔出しもできるならやっちゃったほうが手っ取り早いと思うけど、やりたくないなら馬のマスク被って身体を少し見せるだけでも違うとは思う。体格とか服装とか所作とか、そこらへん見るだけでもぜんぜん違うので。

1ユーザーあたりのチャンネル登録数を多くするっていう戦略もあるのか…?

www.youtube.com

 

こういうチャンネル見つけたんですけど、関連チャンネル見たら、

 

ゆっくり実況オンライン2 - YouTube

ゆっくり実況オンライン11 - YouTube

 

ぐらい、似た動画を投稿しているチャンネルがあって、なんでこんなことしてるんだろうっていう。

 

まず考えられるのは垢バン対策でしょうか。でも見た限り初代chが生き続けてるわけだし、用意するとしても3つ目ぐらいまでじゃないのって言う思いがあるわけでして。

 

次はSEOの観点から、ch同士で相互にリンクを送り合うことでch評価を高めるという考え。まあ無くはなさそうだけど、どうなんでしょうかね?

 

お次は動画の使い回し。複数チャンネルで動画を使いまわして、1動画の再生回数をかさ増しするという方法。だけどパッと見た感じ使いまわしているようには見えないんですよね。もしかしたらサムネだけ替えてて内容は同じかもしれんけど、そこまで見る気が起きないから分からん。

 

次に1ユーザーあたりの登録者数を増やすという考え。ファンはサブチャンネルも登録するのが一般的だと思うので、じゃあ10chあったら全部とは言わなくても5chぐらいは登録してくれるかもしれない。であれば1ユーザーが5ch分の登録を自分にしてくれていると言えるわけで効率的…?なのかも。ただ登録者数増やして何するんだという気持ちもある、売却するのかな?

 

最後に金持ちの気まぐれ。金持ってそうな企画をしてるのでただただ気まぐれで増やしている可能性ですね。ここまで来たら意図もクソも無いので知らんです。

倫理観はどこまでいくのだろうか?

locafra.com

 

とてもいい記事だった。

 

こういう話は同情するかしないかの線引をどこに置くかという話がやっぱ一つのテーマよな。(そしてもう一つは同情するとして、その上でその気持ちにどうやって折り合いをつけるかという部分。ビーガンだったり感謝だったり慣れだったり無視だったり)

 

 

あまり詳しくはないけど、同情するかの線引は感情表現をする哺乳類かどうかみたいなところにある気がする。俺も人間なので分かるけど、やはり哺乳類はそれだけで感情移入しやすい。感情移入した生き物が害されてるさまをみたらサイコパスじゃないので動揺はする。

 

でも経済的合理性が低いことをしたら、記事内でも触れられていたけど、倫理的に優しい運営方針の牛舎から潰れて、安く作って高く売るでやってるファクトリーが儲かり、より牛たちの境遇は悪くなる。

 

じゃあ全人類ヴィーガンが達成できるかといえばそれは明らかに難しい……と思うのだけれど、奴隷解放の延長線上で起きることもあるのだろうか。

 

今の自分の感覚では、人間を経済動物のように経済人間として捉えることは出来ないけど、多分昔の奴隷商はそんな感覚だったのではないかと思う。

 

例えばあなたが釣りをして、生きたまま釣った魚をさばかなければいけないとき、首元にグッとナイフを入れて、血が吹き出て痙攣する魚が死ぬまでをただ、じっと待つであろう。

 

小さい頃は生きたまま捌かれる魚やカニに感情移入していたような記憶があるのだけど、まあ牛や豚に比べたら魚やカニは二の次のようには思う。

 

昔はこの線引が白人と黒人みたいなところでも分かれてて、だから奴隷が人間であってもそれは別と感じてたんじゃないかなぁという。

 

もちろん奴隷も牛や豚と同じ用に利益をもたらすものとして、サイコな金持ちでもない限りある程度大切に扱ってきたのだろうし、場合によっては愛情も注いだろうけど、それでも人間と経済人間として線を引いてたんじゃないかと思う。

 

それで言うと倫理観が、奴隷も人間だし同じ扱いをしなくてはいけないと変わってきていていることを考えたら、もしかしたら牛や豚も同じ哺乳類だぞと合成肉を口にするような時代が来るかもしれない。

 

まあ昔奴隷がやっていたようなことも賃金が発生する形である程度残ってたりするし、需要がある限り肉食がこの世から消えることはないだろうけど。(肉食動物が愛玩動物としているしな)

 

そんな感じでタイトル通り『倫理観はどこまでいくのだろうか?』と未来に思いを馳せるのでした。

INTP&ENTJ or INTJ&ENTP

  • Ne = アイデア出し(もしくは多様なインプット)
  • Ni = 有効なもの選択(もしくは情報のカテゴライズ)

 

と考えた時、xNTPがアイデアを出し、xNTJがその中から一番良さそうなものを決めるという形になるので強そう。

 

これがINTP&ENTPだとアイデアがモリモリ出てきて、大量の案を目の前にしながら「さてどうするか……」と大いに悩むことになりそう。

 

逆にINTJ&ENTJだと、とても迅速な決断をしそう。

 

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INTP&ENTJ

 

Ti NeとTe Niのコンビなので、Tベース。Tiであれば既に内部にある情報をベースに考えるのだろうし、Teであれば(手に取れる範囲内で)外部にある情報をベースに考えることになる。

 

ということは思考ベースの組み合わせなのだと思う。とくにクローズドな場の場合はINTPがウキウキで考えたことをENTJが(これは使える…)(これは使えない…)と横で聞いてるような感じになるのかもしれない。

 

クローズドな場ではなく、他にも色んな人間がいるのであればINTPが余計なことを言ったら権威性を保つためにENTJは叱咤する必要が出てくるし、INTPはそれによって反感を持つかもしれない。悪循環。

 

INTJ&ENTP

 

Ni TeとNe Tiのコンビなので、特定の物をどう見るかがベース。Niは情報Aがあった時、それをカテゴライズして理路整然にインプットする。だから量が取れないというか量を取りたくない、断捨離をする。

 

Neは情報Aがあったらとりあえず貰っておく。記憶力に応じてそれらは保存され、その後情報B、情報Cととっていった時、情報Dを手に入れ薄れかけていた情報Aと結びついて、新たな情報D-2を手に入れたりする。これは優先順位を付けない(大枠では付けてる、例えばNの場合は情報系をとりがちで、身体系は避けがち)からできることなので、断捨離が苦手。

 

二人きりの場ならENTPがマシンガントークかますのをINTJが聞き役に徹しつつ、要所要所でツッコミを入れる感じになりそう。知らんけど。

 

もっと大人数の場なら、場の整合性を保つためにINTJがENTPを喋りすぎないようにたしなめるのだろうか。もしくは内向的なところが起因して(喋りすぎだろあいつ…)と内心思って、あとで伝えるのだろうか。わからない。MBTIってなに?

 

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会話の主導権

 

会話の主導権はなんとなくだけど

 

  • I < E
  • J < P (クローズド)
  • P < J (オープン)

 

というイメージが有る。NSはその場の多数派側が喋りやすくなる。TFはどうだろう、現代だと倫理観ベースなのでFのが強そう。戦争時代はTのが強そう。

 

オープン・クローズ

 

Jは組織としての強さを重要視しているし、だからこそ大人数の場では発言に気をつけるけど、Pは特に組織に意味を感じにくい人が多いから、会議に興味を示さなかったり、逆に和を乱してでも改革をもたらそうとするイメージが有る。(もしくはいっそバックレる)

 

P型として気をつけなきゃいけないなぁと思ったのはメンツという概念で、もちろん僕にも公の場で言われたら嫌なことはあるけれど、僕の感覚以上にJ型の人はその辺がシビアということを覚えておいたほうが良いなという気がする。

 

言うまでもないけど、人それぞれバランス感覚があるので、P型に振り分けられていても組織的動きに興味を持つ人もいるだろうし、その逆も然りではあるとは思う。

 

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INTP&ENTP

 

Ti NeとNe Tiのコンビなので、これはもう凄い。

 

とにかく拡散的にアイデアが出るし、摂取するので、好きにやろうという方針で行くとそれはもう凄いことになる。特にENTP側からするとインプットした情報が何をぶつけてもINTPという似たような考え方をしている人間なのでそれはもう響くのだから、これは楽しい。

 

INTP側からしても自分の興味のある情報をとにかくたくさん知っているのだから、それを浴び続けられるというのはそれはもう気持ちが良いし、たまに口を挟んでも変なことを言ってると捉えられずに受け取ってもらえるのでまた楽しい。

 

昔INTP&ENTPの漫画みたいなのみたことあるけど、ひたすら熱く喋りあったあとに(楽しいけど、つ、つかれた…)みたいになる、ああいう感じになるんじゃないかと思う。

 

組織としての強さで見ると、最初にも書いたけど決断の部分で困りそう。現実で例えるなら予算性能を加味した場合の自作PC案みたいなのは山ほど出てくるけど、じゃあこの中でどの方向性のものを選ぶべきか決断するのが苦手、みたいな印象がある。

 

Niがあると、こういう選択肢の中からどれが一番いいのか選ぶのが得意というイメージ。ここでいういいとは、大抵の場合は長期的に見て一番利がある選択肢という意味。(Fだったら長期的に感情が満足するになるんじゃなかろうか)

 

INTJ&ENTJ

 

これはもうわからない。INTPがいないので。

 

イメージで語ると(まあここまでの話全部印象論なんだけど)別にNe的な能力がないわけではないけれど、あまり興味が持てないという感じだと思うので、理路整然にインプットされた情報を元にスルスルと決断をしていくのだと思う。

 

そういう意味ではINTP&ENTPに比べるとやり取りがスムーズだし、言い換えると短時間でのアクション量が多いとも言えそう。

 

言ってしまえばとても堅実だし、合理的なタッグなんじゃなかろうか。

 

ひとつだけ発言をさせてもらうのであれば、『イノベーションは無駄に見えるインプットから起きるかも知れない』という、言い訳じみたことをP型として言わせてもらおうか…!(涙目)

 

PとJ

 

そもそもこの2つの性質からして、Pは無駄が多いし、Jは余白が少ない。よく言えばPはもしかしたらがあるし、Jは堅実なので手堅く上手くいく。

 

大穴がPで、堅いのがJ。

 

金銭だとか交友だとか、そういうライフスタイルに影響する部分というのは社会的営みから発生するものであって、だから社会というものに目を向けているJのほうが手堅いのは当たり前ではある。

 

だからINTJ&ENTJのコンビのがオッズみたいなのがあるとしたら間違いなく低い。

 

P型だからこそ言うけれど、P型の思う理想というのは、とても嫌な言葉でいうと『甘い汁を吸いながら楽しく生きていきたい』であって、そんなものがP型全員に配布されるわけがない。

 

甘い汁というのは社会の中心でふんぞり返られるポジションについてようやく得られるものであって、社会に真摯でない人間がすごい発見や能力だけでそのポジションにつける確率なんて言うものは、J型が安定した暮らしをするのと比較したなら天と地ぐらいの差がある。

 

今回の話から得られる教訓は、天井を高くするのであればP型という多様性を受け入れたほうが良いし、水準を高くするのであればJ型という再現性を受け入れたほうが良いという話だと思う。知らんけど!

 

性格は言葉に結構宿る

「なにスピリチュアルっぽいこと言ってんだ?」

 

と思うかもしれんですが、言葉遣いに性格って結構左右されるんですよ。

 

これはなんでかというと、まず第一段階として周りの反応って部分があります。

 

とある魔術の禁書目録っていう、ライトノベル界で相当のヒット作があるんですけど、あれってキャラクターの性格付けに語尾を多用してるんですよね。

 

例えば荒っぽいキャラクターに「~じゃん」って語尾がついてたり、無機質なキャラクターに「~だと○○は思います」と○○に名前を入れる語尾を付けてたり、色々付けているんですが、これって言葉遣いで周りの印象は変わるってことだと思うんですよ。

 

だからこそ売れっ子作家の立ち位置にいるクリエイターがテキストしか(ほぼ)存在しない媒体で、どうやったら読者の中でより鮮明なイメージが湧くかと考えた時、語尾による性格付けが有効なのではないかと思い至ってるわけで、それってやっぱ言葉遣いと人間の印象っていうのは影響するって話だと思うわけです。

 

最近ウマ娘ってアプリゲームがリリースされたんですけど、その中に登場するゴールドシップ(ゴルシ)というキャラは、お嬢様のような風貌から乱暴な言葉づかいが発せられます。

 

この場合ゴルシというキャラクターに抱く性格はお嬢様なのか、それとも乱暴者なのか。おそらくこれは主題になるのは乱暴者で、遊ぶ側はこう思うはずです。「いいとこで生まれてて、お転婆に育ったんだろうなぁ」と。

 

つまり、ここまでの話で言いたいことは、少なくとも第三者視点から見て『言葉遣い ≒ 性格』の図が成り立っているということです。

 

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次に考えるべきは当人の性格です。

 

乱暴な言葉づかいを始めた背景にはもしかしたら弱く見られないためなんてことがあるかもしれません。

 

つまり実際の性格は弱気なのだけど、言葉遣いは強気なんてケースが有るわけです。

 

ここで考えるのは周りの扱いは当人の性格を変えるということ。

 

VRChatにハマっている人たちの話でよくあがるのが、『女の子アバターを使って女の子扱いを受けるとどんどん性格が女の子っぽくなっていく』という話です。

 

この女の子っぽいが何を示すのかは知らんですが、少なくとも男っぽいないし女の子っぽくない性格の持ち主が、周りの扱いによって女の子っぽい性格に変化したという話じゃないですか。

 

それってつまり『周りの扱いで当人の性格は変化する』ってことだと思うんですよ。

 

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まとめるとこうです。

 

  1. 言葉遣いで周りはある程度性格のイメージを作る
  2. 周りはその性格に合わせて扱いを変える
  3. 当人は周りの扱いによって性格が変わる(可能性がある)

 

このため『性格は言葉に結構宿る』、そう言えると思います。

 

 

蛇足

 

この話を考えだしたきっかけは、あるゲームをやっていた時、2重人格的なキャラクターがいきなり口調変わって「うわぁこわいぃ」ってなってたんですけど、中盤で主人公がそれを演技だと見抜くみたいなのがあって、「ワシって本質なんて全然分かってないんやなぁ…」としみじみ思ったからです。おわり。

エンタメの真理

logmi.jp

 

畑:2年ぐらい経った時に、真理を得たと思った。その頃の真理のすごさは、作画をしながらネームが描けた。

 

ここでいう真理っていうのは高い再現性を持つ何かですよね。

 

高い再現性を持つ何かとは面白いと感じさせられるフォーマットだと言えると思うんですけど、これは多分同じものを同一の作品の中で使い続けると飽きられる。だから

 

畑:だけどその見つけたと思った真理が、次の年は使えない。

 

っていう現象が起きてるんじゃないかなぁと思います。

 

僕自身、動画投稿をしていて初期に比べると再生数、反応率ともに若干減少して一定のラインを保っている感じがします。

 

動画の作り方自体は変えてないですし、取り扱う内容を同じぐらい。むしろ作るたびに洗練できている……と思っているんですが、それでも初期の雑に作ったコンテンツより見られない動画もあったりします。

 

で、単に飽きられていると思ってたんですけど、それは構造の話であってやり方さえ変えれば飽きは解消できるのやもと、この話を見て思いました。

 

ワンピースやこち亀なんかは特にそうだと思うんですけど、あれだけの長期連載をしていて完全に同じフォーマットだけで戦っていたらほぼ間違いなく飽きられて連載が終わってるはずです。でも実際は長期的に連載し続けていた。

 

物語のテーマはその時その時で違うものを扱ってはいると思いますけど、それだけでフォーマットが同じなのであればそのテーマに興味がある人は見るかもしれないけど、それ以外の人は飽きて見なくなるはず。

 

テーマとは例えばこち亀なんかは時事ネタを扱ったり、お金儲けの話を扱ったり。ワンピースであれば空島編だったり、シャボンディ諸島編だったり。

 

フォーマットとは、例えばこち亀であれば【金儲けの手段を見つける→実際に稼ぐ→調子に乗って雲行きが怪しくなる→頓挫して両津逃げる・部長が切れて両津を探す】みたいな展開。ワンピースで言えば……あんまり詳しくないので分からんですが【島に着く→トラブルに巻き込まれる→仲間ピンチになる(もしくは島の人がピンチになる)→ルフィが助けに来る(もしくはクルーが助けに来る)】みたいな感じでしょうか。

 

僕の動画の場合フォーマットは【前語り→解説触り→面白いとこ(それに対する反応)→補足情報→締め】って感じなんですが、要はここが冒頭の記事で触れられてる真理に入る要素だと思うんですよね。

 

つまり今抱えている視聴者が飽きている感覚を払拭するためには、新たに面白いフォーマットを考えるのが良いと言えそうなんですが……なんですが、難しいですね。

 

特に厳しいのが流れを組み替えると、視聴者側からすると好きなものの改変をされたと感じるので、批判的になりやすいんです。もちろんそれを感じさせないように巧妙に変えるというのがプロなんでしょうけど、難しいよなぁ……っていう。

 

なんにせよ飽き改善の手段として新たなフォーマットを採用してみるというのは面白そうだし、新たな気付きでいいですね。とりあえず茶番を冒頭に入れるタイプは批判殺到したんで、それ以外の手段でどうするか考えてみます。

経過報告13

経過報告12の続きです。

 

いつもより早いんだけど、暇だか……忘れないうちにやっておこうというやつです、はい。

 

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爆撃を喰らい、比較グラフが意味をなさなくなりました。

 

 

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過去30日のPV。

 

爆撃がなかったと考えても一応前月比100%アップぐらいではあった。

 

個人的経験則からするとこういうトレンド影響を受けてアクセスが伸びると、その後じわ伸びする印象があるんだけど、現状だとむしろ検索がたてなみ落ちちゃっててヤバみある状態なんだよね。

 

もし今後戻ってこないのであれば、それだけアナリティクスのユーザー滞在時間辺りを強く見ているってことだと思うから(一過性のアクセス増でくるユーザーはユーザー評価的には悪い行動を取る)、そこを改善するようなコンテンツを作ればうまくいくかもしれない。(そしてちょうどそのためのコンテンツを作ってはいる)

 

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Youtubeのデータはこんな感じでした。実を言うと結局動画を3本しか出してないです。「先月10本出すって言ってたやんけ!」って? ごめんて、本当にごめんて。

 

なぜそうなったかといえばProgateでJSを学習する→Reactを学習する→ちょうどいいから検索アプリを作る。という流れでアプリ作りに時間を取られているからです。

 

確かに俺は物事を継続してこなすことは出来ないかもしれない、しかし! こうやって思いつきを繰り返していくことでなんかうまくいくかもしれない! ……いやこの考えはやばいな。でも動画出し続けてうまくいくとも考えにくくてなぁ…。

 

そもそも動画出しはサイトにリンクつけて外部SEOやっていきましょうって話で始めたやつだから、それでいうと役目は十二分に果たしたと言えるわけで。

 

最終的ゴール地点を考えると、どう考えてもマネタイズ的にサイト伸ばす→有料コンテンツ出す、の流れじゃないと厳しいと思うわけですし。

 

そういう意味で活動的には停滞的な月だったと思うけど、長期的に見ればそんなに悪くなかったんじゃないかなぁと思います。

 

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ところで皆さん、僕が経過報告を始めてから1年が経つわけですよ。その1年の結果がニコニコで多少再生を稼げて、サイトが月2万pvで、Youtubeは3000再生ぐらいで……って、やばくない? ってかヤバいんだよ。仮に全力マネタイズしてたとしても3万/月ぐらい、動画だけやれば7万/月ぐらい

 

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※ちな一番最初の月のデータ

 

今の貯蓄は全て給付金ということで、つまり去年コロナがなかったら資金繰り失敗でオワタになっていたわけで、つまるところ自営業者として立ち入ってないと言えるわけで…。

 

個人的タイムリミットは今年の8月かなぁと思ってます。

 

この時点で諸々合わせて月13万にも満たない状態だったら廃業だなぁっていう。おとなしく就職先を探して副業としてこれらの活動を続けていくことになると思います、はい。(そして就職先が見つからなくて死にたくなる未来がみえるみえる…)

 

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来月の方針はツールの完成で、その後はとにかくリンク施策再びということで。

 

今回は外部にコンテンツを作るのではなく、内部にリンクの付きやすいコンテンツを作っていく形を取ろうと思います。去年の夏頃と違ってある程度のアクセスはあるので、あとはユーザー層を意識してリンクの付きやすいページにアクセスを流せばなんとか……なるかな? とりあえずCTAで今作ってるツールに流して、なんとかシェアさせようという目論見です。

 

あとは動画と、場合によっては配信もやることになるかもしれない。

 

なんにせよ客単価が低いので、サイトを伸ばしまくってユーザー数で勝負できる状態にするしかなく、ということはSEOが必要になるわけだけど、内部施策は十分やったしそもそも対して意味はないので、ならリンク + ユーザー体験 + シェアを全てを狙わなくちゃいけないよねっていう。

 

なので来月は

 

  • ツールの完成
  • リンクの付きやすい記事作成
  • 宣伝動画の作成(場合によっては宣伝配信もやる)
  • CTAの作成

 

ここらへんは確実にやっておきたいです。

 

あとは動画の作成もぼちぼちやっていこうかなっていう感じ。あんまもうやりたくないんだけどね、コメントうざいし。

 

まあなんだかんだで頑張りましょう。辛く厳しい心境ではあるけれど、歩き続ければいずれ光明が見えると信じて……(ポエム)